今年一年、皆さまのご愛顧、当店一同、誠に感謝いたします。

 

須佐屋は、年末は12/25までの営業となり、

新年は

1/1(火)

1/2(水)

1/3(木)

と、三が日営業いたします。

 

1/4(金)は休業日です。

1/5(土)から、通常通りの営業になります

 

来年もまた、皆さまとのよき縁が結ばれますよう、精進していく所存です。

よいお年をお迎えください。

秋です。

ブログの背景も秋らしく紅葉になりました(web担当の独断で)。

見ればわかる?そうですね。ごめんなさい。

でも、佐田町の紅葉はもっとすごいんですよ? 

さすが田舎の原風景、絵のようです

さて、前回更新(筆不精でごめんなさい!)にもあるように、

「新嘗祭」の時期になってまいりました。

 

11/23(金)です。

 

新嘗祭

 

須佐神社11月の祭り、神社においては「新嘗祭」と言い表されます。

(「秋祭」はまた別に1017日にあります)

新嘗祭とはなんぞや。

ウィキペディアが簡単にまとめてあったのでリンクを張ります。便利な世の中ですね!

(ちなみに店主は、先日買い変えたスマートフォンに四苦八苦しています。どうでもいいですか、そうですか)

ここにあるように、「新嘗祭まで新米を口にしない」……が、完全に(ハードに)守られてはいませんが、それでも農家の家の人々を代表として、「新嘗祭あとの米は特別」という、ごく自然な感覚が、須佐には(佐田町には)残っています。

 

収穫に感謝する。

いわば、食を通じて神を感じる。神を通じて食のありがたみを感じる。

当店須佐屋、そして母体の横山食品としても、この「ありがたい」という食に対する感覚は、失ってはならないものだと、みずからに戒めます。

 

大根鍋

 

そんな「ありがたさ」を感じ、神に感謝し、同時にコミュニティの盛り上がりとして、古い時代には、新嘗祭に「大根鍋」が振舞われました。

 

新嘗祭に振る舞われる大根鍋は今年で19回目、直径2mの大鍋に、大根、白菜、油揚、カモ肉等を入れ、約3000食、おろち酒も約1000杯用意されます。(大根鍋同好会)

 

3000人分!

驚きを隠せませんね!

いや、仮にも主催者のひとりがこのようなことを言ってはいけないのですが。

 

何と「振舞い」です! つまり無料です。

 

さらにちなみに、この大根鍋行事、一度廃れたものなのです。

それを十年以上前から有志が「復活させよう!」ということで、こんにち、「古い時代の大切な行事」が、手作りで営まれているのです。

 

なぜそんなことをするのか、というと、やはり先にも書きましたとおり、

「食を通して神を感じ、神を通じて食に感謝する」

その感覚を、伝統を、忘れてしまっては、きっと「何かがなくなる」と思ったのでしょう。

店主の義父は、発起人のひとりでありました。

そのような「気持ち」を奮い立たせて、仲間たちと大根鍋を発足した後ろ姿を見てきました。

だからこそ、その気持ちを終わらせてはならない、と、大根鍋を我々も受け継ぐのです。

かっこつけているだけかもしれませんが、私達の後ろに続く世代に、かっこ悪い姿を見せられないじゃないですか。

 

スサノオウォーク

 

その「何かがなくなる」の感覚のひとつとして、須佐の景観というものがあります。

ここ須佐には、素晴らしい景観があちこちにあります。

折しも秋真っ盛り。

冒頭で述べたように、そこらのサンプル写真(画像)など及びもつかないような。

それを全身で感じてほしい、という願いで、毎年ウォーキングイベント「スサノオウォーク」が開催されています。(スサノオウォーク実行委員会)

 

公式HP

 

残念ながらすでに申し込みは締め切りが過ぎていますが、この試みも今年で11回目。

佐田を知ってもらうことと、健やかな生活のためのひとつのきっかけとして。

そして終わったら大根鍋を一杯。なかなか素敵ではありませんか。

 

11/23(金)

スサノオウォーク参加者は歩くもよし、大根鍋を食べるもよし。

そうでなくても、ふらっと立ち寄った方も、観光するもよし(各地にボランティアや案内があります)、須佐神社のスピリチュアルな側面に触れるもよし。

300戸の地元総出でお迎えします。

 

祭りは、地元だけのものではありません。

広く一般に開かれているものであります。大根鍋もウォークも、皆様に「佐田をもっと知ってもらいたい、好きになってもらいたい」という願いによって、開催されているものです。

 

その一連の流れのうちに、

祭りは神と繋がることでもあり、

自然を感じてもらうことは、それも神と繋がることであり、

食の営みに感謝すること、それもまた神と繋がることであり、

それら全部を通じて、神は傍におわします、ということを、

決してオカルト的なそれではなく、ごく自然な「ありがたい」という感覚でもって感じること。

須佐の民はそうして秋祭を迎えています。

それを、皆さまとも分かち合いたい、そう思って、皆祭りに取り組み、

須佐屋も微力ながらそれをお手伝いしていきたく思います。

どうぞお越しください。

・お役立ちリンク集

出雲観光ガイド 須佐神社新嘗祭

須佐神社公式ページ(交通案内)

http://susaya.jp/

告知するのが遅れてすいません。

先日、須佐屋のHPが完成しました。

 

主に、須佐屋とはどういった店か、通販の仕方(品目)、連絡用メールフォーム、などを取りそろえております。

 

それに伴い、このココログでの「須佐屋ブログ」は、当初は仮のものとしていましたが、このまま継続して、リアルタイムでの速報的な位置づけで、これからも運用していきたいと思います。

また、HPの「祭」の記事のように、その時々でのレポートが必要な場合、このブログの記事をそのままHPからリンクを張るようにし、コンテンツの充実を図っていきたいと考えています。

すでに夏祭りに関しては、そのように致しました。

 

これまでも当店の情報、とくに品物についてのお問い合わせが多く(通販可、といったものも含め)、今回このHPを設置したことで、皆様には情報がクリアに見やすくなったかと思います。

 

そして、当店が掲げている「ジビエプロジェクト」、並びに「こねくと島根」計画についても、HPで特設ページを設けました。

どちらも、出雲を元気にしよう、と、及ばずながら、一人の「山の民」として、出雲に、島根に、寄与したい、という心から、計画していることです。

詳しくはHPをご覧になってください。

ジビエに関しては当ブログでも書きましたが、こねくと島根(英国との連携による海外発信)については、筆不精ということもありましたが、まだ計画が当時は準備中でしたので、ここでやっとお披露目、という形と相成りました。

(なお、英国の方のサイトは、現在構築中です)

店主の義姉、ジョーンズ百枝の「出雲観光大使」並びに「島根県遣島使」就任を機に、この海外発信事業を本格的に取り組んでまいります。

この報告も、随時ブログで紹介していきたいと思います。

 

※参考

http://www3.pref.shimane.jp/houdou/press.asp?pub_year=2012&pub_month=10&pub_day=2&press_cd=6E90D53C-1916-46E9-9882-945787356F40

 

http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=534763004

 

最後に、須佐屋の母体である「横山食品」についてのページも、HP内に併設しました。

これまでは専用ページがあったのですが、須佐屋HP立ち上げということで、このHPに一括して、当社の情報を取りまとめることにしました。

 

以上、今回は事務的なお話(御報告)でした。

情報発信・通販は随時承っておりますので、何かご質問等ありましたら、HPのメールフォームからお気軽にどうぞ。

 

これから秋祭(大根鍋)が須佐神社で行われますし、また「こねくと島根」の事業も本格化してまいります。

山では鹿や猪が捕れてくる頃合いとなってまいりました。

そのあたり、また後々、ブログで御報告させていただきます。

 

Web担当

須佐の七不思議

其の1 塩井(しおのい)

塩井(しおのい)

神社の門を入って右側の小池は塩水が湧いており、須佐之男命(スサノオノミコト)がこれを汲み、土地を清めたという。また、出雲大社に近い「稲佐の浜」とつながっており、湧出に間渇があるのは日本海の塩の満干と関係があるという。

其の2 落葉槇(おちばのまき)

落葉槇(おちばのまき)

須佐之男命の妃神である稲田姫が、神社近くの誕生山でお産をなさった時、産具を槇(柏)葉に包み、松葉で綴って流瀬川(現在の原田川)に流された。それが流れ着いた所に「槇と松」が生え、現在に至る。今でも槇葉の縁に松葉で刺したような穴がある。

また須佐神社のご神紋「蔓柏(つるかしわ)」はこの云われに由来して定められたもので、蔓は松葉を紋様化したものである。

其の3 影無桜(かげなしざくら)

影無桜(かげなしざくら)

その昔、隠岐国で耕田が稔らず不作が続いたとき、知々井(海士町知々井)に住む男に夢想があり「須佐大宮の境内の大きな桜が繁茂して、それが隠岐へ影をさすために耕作ができぬから、須佐の国造に頼んでその桜を切ればよい。」ということだった。そこで桜を切ったところ、以前のように豊かな稔りが続くようになった。天照社北東の水田の中にあり、その切り株から生えた桜は以後大きく茂ることなく、また枯れることなく現在に至る。

其の4 星滑(ほしなめら)

星滑(ほしなめら)

神社の西方、中山の頂上近くで岩石が露出して谷のようになっている所に、白い斑点(なめ)がある。これは星が光るのだと云われ、光沢があって大きく見える年は豊作、光沢が無く小さく見える年は不作だという。

其の5 雨壷(あまつぼ)

雨壷(あまつぼ)

神社の西を流れる素鵝川に沿って約一粁下流の田んぼの脇に大きな岩があり、その岩の中に径二尺(約60cm)余りの穴がある。この穴をかき回すと須佐大神の怒りにふれて大洪水があり、犯したものの家には不吉な事があるという。その昔、これを犯したため翌日暴風雨となり、村中が大きな被害を被ったため村人の怒りをかってしまい、村から追放された者がいたという事実もある。

其の6 相生松(あいおいのまつ)

相生の松(あいおいのまつ)

神社本殿の裏に、一本で男松と女松の両肌を持ったものがあった。昭和の初め頃に枯れてしまったので伐採され、今は跡を残すのみ。

其の7 神馬(しんめ)

神馬(しんめ)

その昔、藩主や有力な武将が神社へ馬を奉献していた。奉献された馬はどんな毛色の馬でも後に白馬に変わり、世の吉凶やめでたいこと、災い、国の大事など種々の異状を予知したという。常立(とこたち)の馬と呼ばれていたが今は無く、神社裏の川の畔に墓が作られている。

須佐神社の祭

風土記に登場する須佐の地域は、神社を中心に須佐地区、東山手に朝原地区、南山手に原田地区と3つの集落があり、地域ごとに神社があり、各々祭があります。 その中で須佐神社の春夏秋冬の祭は昔から変らず、過疎になりつつある須佐の現在でも、約300戸の地域の人々が、神事にともなう祭の継承を続けています。

神社の在り方を守り伝えていく姿勢が昔と変わらない風土を今に残す、現在では珍しい地域だと思います。 普段は静かな神社の境内ですが、神事と祭は人々にとって、ひとつの共同体の柱となって、厳かに、かつ、活気に満ちます。 「伝統ある神事と祭」、参拝される方への地元のおもてなしを、ぜひ一度ご覧になってください。

» 須佐神社ホームページ

春 例大祭

4月18日 朝覲祭

祭〜春

年に一度スサノオが天照大神に逢いに行かれるという御幸行列
お茶席で神紋菓子と抹茶が振舞われる。

4月19日

陵王の舞 修理国成 耕田播壇の舞。1段~5段からなり、神々の降臨から豊作祈願、悪魔払いを意味する、神職による、金色の衣装、雅楽、納曽利面の古面を用いた優美な舞である。

百手神事 悪魔退散・五穀豊穣を祈る神事。神職による鳴弦の儀のあと、空に「的」を描き、矢を射る秘呪を行い、実的に甲矢乙矢(はやおとや)を放つ。

夏

8月15日 切明神事

祭〜夏

念佛踊り(島根県無形民族文化財)
神事花に神を迎え、念佛を唱えながら踊る、
豊作を祈る神事。
お茶席で神紋菓子と抹茶が振舞われる。

» 2012年 夏祭りレポート

秋

11月23日 新嘗祭

祭〜秋

五穀の豊穣を祝い、地元有志で大根鍋が振舞われる。
須佐の七不思議を探訪しながらの、5km~10kmを歩く「スサノオウォーク」が開催される。

冬

2月3日 節分祭

祭〜冬

蘇民将来の古事にならって「茅の輪」が授けられる。
境内では、一年の無病息災を願い、福餅と福豆がまかれる。

猪肉

従来猟師間だけでの「珍味」を、安心・安全な処理・加工によって、臭みのない、「新しい肉」を皆様に提供させていただきます。

ロース(200g) 1600円
モモ(200g)1400円
バラ(200g)1100円
セット(500g)3500円

プレスハム 1600円
スモークハム 1800円
ベーコン2500円
ソーセージ 800円

ころ煮 550円

鹿肉

山間地域を「害獣」として荒らしていた鹿でした。これからは「出雲鹿」として、里の恵みをありがたくいただこう、という思いで発信いたします。

ロース(200g)1500円
モモ(200g)1300円
バラ(200g)1000円
セット(500g)3000円

こぶらハム 1000円

鹿燻製
ロース(100g)250円
モモ肉(100g)300円
ジャーキー 600円

ころ煮 550円(「ころ煮」とは?

地元特産のヤーコンを、独特の香りと風味のある焼酎にしました。

ヤーコン焼酎 スサノオ 1650円
〃    黒山 1650円
     黒山ゴールド(木箱入り限定品)3850円
緑の風(箱入り) ……3900円

梅酒 300ml 700円 ゆず酒 300ml 700円
※上記酒類は、店頭ではこのようになっております

特産品

蕎麦……佐田町産蕎麦の実による、「新しい出雲蕎麦」。明快なコシと、膝を打つ喉越し、あご(飛び魚)ダシのつゆは絶品です。 600円

ヤーコン茶 1300円
大納言(小豆)400円
そばの実ポン太(ポン菓子)200円

小物

古布の小物……古い着物をほぐし、味わい深いその古布を使って、昔懐かしい手作りの小物・雑貨を揃えました。二つと同じもののない、オリジナルな一品物です。

・花 400円
・お手玉(二ヶ入) 400円
・ブックカバー 900円
・ティッシュカバー 600円
古布製品~古布物語~


本・CD

スサノオ本・グッズ……新たな神話のはじまりがここにあります——新解釈による、現代の感覚で読み解ける古代のロマン。物語とビジュアルの融合。当店にて全巻取り扱っております。

 

第1巻「スサノオ」 1234円
第2巻「オオクニヌシ(青雲編)」 1234円
第3巻「オオクニヌシ(建国編)」 1234円
構成 酒井董美(出雲かんべの里館長、山陰民俗学会会長)
作画 小室孝太郎(故手塚治虫氏の元アシスタント)
企画 山陰中央新報社(新報社紹介ページ

神話のふるさと 1543円
(山陰中央新報社 編)

古事記外伝〜スサノオ物語 1512円
佐草一優 著
佐草氏のブログ

店頭にはこのように、出雲関連の各種書籍を取り揃えております。
在庫切れの場合には、取り寄せますので、ご一報ください。

HANZOのCD 愛の力でもって救いあげる神「スサノオ」。荒れた日本や我々を導いてくれるよう、願うかのように歌い上げるHANZOの荘厳な歌唱。

スサノオ 1030円

横山のとうふと歴史

須佐の郷の様子

 昔から出雲地方では、神々が宿る地において「豆腐」を「腐る」とするのは縁起が悪いとされ、「豆富」という名で使われており、今でも横山どうふの商品名は全て「富」を使っています。

 豆腐は室町時代、禅宗の精進料理から始まり、僧家・上流階級の食べ物から庶民に広まりました。豆腐屋が現れたのは江戸時代、その頃「豆腐百珍」という豆腐の料理百例を載せた本が大流行しますが、やはり美味しい豆腐は、素材が美味しければ料理をすることもなく、夏は冷奴、冬は湯豆腐と、これは昔も今も変わる事のない日本の食文化でも、希な食材だと思います。

 作り手は、この冷奴・湯豆腐という「料理」に何処まで自信が持てるか問われる所です。

横山食品当時の写真

 横山食品は、豆富以外の食品も増えたので改名しましたが、長い間「横山豆富店」として親しまれていました。その歴史は古く、須佐神社で豆富を売る為の許可証に、明治4年4月「出雲國飯石郡掛合郡役所(いずものくにいいしごおりかけあいぐんやくしょ)」と記されています。

 4月は神社の春の例大祭があり、初代が境内で豆富を売ったのが始まりで、現在6代目と続いています。代々の教えは、「豆富一丁に豆一合」「熱い豆富を水に放つ」「大豆の香りが逃げない温度で煮る」……etc

 他の豆富と違うのは、「福寿泉」という名水を使い、重石をかけ豆富の水を絞めてゆく手づくり製法による、山里にしかできない昔のままの豆富という所です。

商品ラインナップ

スサノオとうふ

価格 : 130円(税込)

品種はサチユタカ・フクユタカなどの厳選大豆を使用。時間を掛けて絞めてあるので、昔ながらのしっかりとしたとうふ。食べた後、大豆の香りが残る、明治の味では、と思える。

スサノオとうふ

生豆富(きどうふ)

価格 : 400円(税込)

江戸時代、生の豆腐を「生豆腐(きどうふ)」と呼び、横山とうふも、昔、生とうふと言って豆富箱に入れ、裸どうふを売っていたことから名付ける。

島根県産大豆を使用。 とうふ専用の水切りケースに入り、通常のとうふの2.5倍の大きさ。大豆の香りが楽しめる。水を替えればいつでも美味しい裸どうふ。

生豆富

油揚げ

価格 : 130円(税込)

中身までびっしり詰まった肉厚の手揚げの油揚。
温度を低温・中温・高温と三段階変え、中は柔らかく、外はパリッとしている。一枚一枚手揚げで揚げている昔の味。

地元では油揚をフライパンで油を引かず、ふたをして焼き、おろし生姜としょう油でよく食べる。手軽に出来、酒のつまみにも最適である。

油揚げ

他取扱い商品

豆富

田舎豆富 国産豆富 技豆富 鍋豆富 スト豆富 焼豆富 雪花菜(おから)

油揚

油揚1枚入・2枚入 うす物 切物 あげの田舎煮1枚入・2枚入 いなり

全国発送可能ですので、下記電話番号、またはお問い合わせフォームからお気軽にお問合せください。

会社概要

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夏祭の1日

早朝6時に夏祭の始まりを知らせる煙火があがります。

神社では神事花を須佐地区2つの集落が当番として立て始めます。

高さ5メートル、重さ数十kもある、2本の宮花が奉納されます。

宮花は大きな傘仕立てで、その頂きには「奉仰神霊降臨」と書かれた赤いのぼりを差し、その下に15本の芯花が差してあります。

上段240cmの竹ひご28本、下段330cmの竹ひご35本に、約700個の桜の花がつけてあります。

短冊をつけ、三方の控え綱で固定されています。

竹ひごの先は本番まで糸で繋げてあるため、大きな、天に向かう宮花は傘の形で保たれ、風に吹かれる短冊がきらきらと輝き、念佛踊りが始まる時を待ちます。

地元ではお茶席を設け、抹茶に神絞菓子を添え、遠方からの参拝の方々をお迎えします。

春祭とこの夏祭に行うお茶席、参拝する方々との交流は、回を重ねるごとに深くなってゆきます。

「ようこそお参りいただきました、お茶はいかがですか」

「又お逢い出来ましたね、毎年来させてもらっていますよ」

また、祭の説明を求められたりしますので会話がはずみます。

誰しも念佛踊りを待つ一時です。


11時 煙火があがり、「切明神事」が拝殿で行われます。


15時 煙火の合図で念佛踊りが始まります。

舞手は御祓いを受け、隋神門から歩き出し、宮花の下で踊り始めます。

少し前に境内に水をまかれたのは、舞手が裸足であり、暑いからでしょうが、裸足は宮花から降臨する神霊を受けるためであろう、と言われています。

歌舞伎の祖・出雲阿国(出雲大社の巫女であった)もこれを見て、京に上り、念佛踊りを踊ったと言われています。

念佛と囃しが段々早くなり、少しずつ脇に移動し始めると、いよいよ地元宮花の担ぎ手が登場、3~4人で2本の宮花を交互に揺らし、回していきます。

やがて倒された宮花は競って芯花を取ろうと、見物客が一斉に飛び込んでゆきます。

家に持ち帰り、神佛の宿った花は、虫よけのお守り札として、田畑に立てておきます。

昔から、この花を手にすると、大人も子供も同じ顔になるのが不思議です。

昔から地元では「かんかんどーや」と言って、毎年当たり前のように続けられていますが、神仏習合の貴重な遺産だと思います。


19時 地元主催の祭、風祭の始まり

須佐地域住民が、上手・下手に分かれ、念佛踊りの寄せ鉦に合わせ、提灯と笹に付けた願い事を書いた短冊を持ち、練り歩きます。そして神社に集まり、拝殿で御祓いを受けます。鉦の音が山々にこだまして、風情のある行列です。


20時 夜祭

地元の夏祭は盆踊りから始まり、演芸と続きます。

最後はおろちくじ抽選会があり、10時頃終わります。


神事と祭、8月15日の須佐神社は、地元住民にとって、特別な場、特別な日です。


参考文献『須佐大宮 念佛踊り』(須佐大宮念佛踊り保存会発行)より

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「念佛踊り」は毎年8月15日、須佐神社において夏祭りとして行われる特別な行事で、「切明神事」と言われています。(島根県無形文化財指定)

この祭は神功皇后が三韓凱旋の際、須佐之男命が韓国に渡られたという伝承にちなんで、皇后奉迎の踊りと伝えられています。

「切明」は村を草創(はじめる)したことを「草分け」といい、旧家を「草分け百姓」「切あけ百姓」または「草切」と呼ぶことから、村の形成に関わりのある言葉だと言われています。

2本の神事花を立て、その下に念佛を唱えながら踊る様は、神道、仏教と密接に関わりながら、諸霊を鎮め、虫送り、厄病払い、雨乞いを祈る神事として、1000年以上も綿々と続けられています。

この地域独自の信仰で、舞人は7人で、笛、鉦、太鼓、鼓を打ち鳴らしながら「なあまみどうやー」と歌いながら踊ります。

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